Travel to Paris, France PartT
Eglise de la Madeleine /マドレーヌ寺院
コンコルド広場から歩いて数分のところにあった、古代ギリシア風の美しい建物。街中ふらっと当てなく歩いてみてもふとこんな壮観な建造物に巡り会う・・街中は、芸術のみならず、歴史のさまざまな側面をも包括した重厚さを感じる。あたり中に目にする建物すべて荘厳で、圧巻の感想の繰り返しでなんだかそれも歩き続けるうちにマヒしてしまうような不思議な感覚である。彫刻ひとつひとつに刻まれた芸術家の魂が作品から噴出しているような気すらしてしまう。もっと間近に見る価値がありそうな至高の芸術作品の連続に、おなかがいっぱいである。パリジャンにとってこれは日常なのだろう・・・なんだかとても贅沢である。なにもかも狂いのない美で埋め尽くされている。私が一生かかっても知りえない真理を過去の偉大な芸術家たちがそこに示し残したかのようである。
Palais du Louvre / ルーブル宮
この著名な世界最大級の美術館について多くを語る必要はあるまい。それこそ館内にあるすべての芸術は、そのフランス、果ては世界中の芸術の象徴であり、極みといえるだろう。それにしても大きい、作品とて膨大な数であり、ひとつひとつじっくり鑑賞するのにどのくらいの時間が必要なのだろうか。それほどに、この歴史のなかで芸術家が生みの苦しみから創作した偉大な作品が多く存在するという事実を目の当たりにした。先人は偉大だ、この私の一生のうちでどんなものを残すことができるのだろうか?そこに時を越えて残されてゆく作品と、知りえぬ作者の人間像、その人生に思いをはせる私の図。
Palais du Louvre / ルーブル宮
こんなに広く取られた空間に陳列されている過去の芸術作品たち。悠久のときの流れをたたえて、凛然と今に訴えかけてくる。ルーブルでは作品は建物とのバランスを大いに計算されつくして配置されているようだ。いやもちろん製作者の意図がある場合もあるのだが、このディスプレイひとつにとっても味わい深いものがある。サモトラケのニケ( Victoire de Samothrace)。自然光の下で、しばしその作品が見てきたであろう観衆を想像してみる・・・さて私はどのように映っているだろうか。「よくもまぁ、長い年月を超えて今に残っていたね。私が生を受けたこの時世までいてくれてありがとう。これからもまだまだそのまま輝き続けてね。」そんなメッセージを送ってしまった私である。
なお、ルーブル美術館をよりよく知りたい方はこちらへ
Palais du Louvre / ルーブル宮
トレビアン!いや、イタリア語で言うべきなのか!?モナ・リザ( La Joconde)。あまりにも有名なこのモナリザスマイル。これを見にパリまで飛んで参りました・・・そしてなんとも恐れを知らない私は神々しい彼女の前で微笑んでみたのであった。いや、本当に感動した。一生で実物の彼女の肖像をお目にかかれるとは思っていなかった。それにしてもここの混雑はスバラシイ!皆で押し合いへし合い真剣そのものである、私も負けずにだれぞやを押しやり撮った。そりゃそうだ、この微笑を誰もが拝み、肉眼に焼き付けておきたいだろう。それほど強い引力がある。この絵画の展示室は特異な空気が流れているようだった。そこに入った瞬間、訳もなく涙が浮かんでくる。しばらく意識が宙に浮いたままフリーズしていた。そして気づいたら続々くる観覧者たちの流れにのまれ、出口へ追いやられていたのだった。
Palais du Louvre / ルーブル宮
この絵画も一度は目にした方も多いだろう。民衆を導く自由の女神 ( La Liberte guidant le perple)。あぁ、なんとメッセージ性の強い絵画なのだろう。民衆の力で世を変えてしまおう!それは個々が意識を強く持つことで大きな力を一丸となって作りあげ、何かを変える大きな原動力となろう・・・と、今書いていて、なんだかそんな読みは薄弱だと感じる。フランスは、市民による革命を世界的にもいち早く起こした歴史を持つ。この絵を鑑賞するにはそのあたりをより深く考察する必要があろうか。しかし、こんな瞬間をこうして絵画にできたというだけでも恐ろしい。想像が入ったとしても考えられない・・・芸術やおそろしや。
Palais du Louvre/ ルーブル宮 
美術作品鑑賞の感動の連続と歩きまわった疲れを癒すために、カフェにて休憩。そのテラスから望んだ風景。壮大なスケールである。指先ほどの微細な芸術作品が更に大きな作品を作り上げ、寄り集まってこんな大きな建造物に所狭しと収まっている。なんともいい意味で疲れる感動である。小泉首相の「感動した!!!」の名台詞を延々と発してしまうような感じである。
テラスから望む風景はなんともそよそよとさわやかだった。が、頼んだアイスコーヒーは値段の割りに、私の感動に追いついては来てくれなかった。
Palais du Louvre/ ルーブル宮 
言わずと知れたミロのヴィーナス( Venus de Milo)。あぁ、なんと神々しい。私は心から女性として生まれてきてよかったと思った。こんなに柔和で温かみのある女性像、それは少なくとも女性であればこその美であると思う。しばし見とれるのも無理はない。紀元前2年前ころと推測されるその古代ギリシアの女性像は、人間のこの長い営みによる姿、形の変化を微塵も感じさせない。日本ではそのころ縄文時代にあり、縄をなって土器を焼き、いったいどんな女性が暮らしていたのだろう?きっと美しい女性たちが生活していたに違いない。ギリシアでさえその美は何世紀もの流れの中でも何一つ変わっていないのである。
Chateau de Versaulles / ベルサイユ宮殿
メトロ、バスを乗り換えてパリ郊外のベルサイユへ。宮殿内を観覧するために二時間は並んだだろうか?パリへ来てからというもの、何をするでも行列という経験をすでに何度もしていたので苦ではなかったが。しかし!これまたそんな待ち時間を吹き飛ばす感動の嵐だったのだ。もう当然ながら、写真に納まりきらない豪華絢爛、贅沢の極まった装飾、調度品、内装すべてゴージャス!現代においてこういうものを作るのは当然不可能だろう。どんな技術を駆使したところで、その昔太陽王ルイ14世が誇った権力、財力、統治力、すべて絶対王政の賜物に匹敵するパワーは存在しえない。いやはや百聞は一見にしかずである、写真じゃまったくお伝えできない壮麗さである。歴史その後の悲劇を考慮しても、こんな贅沢は有り余る。
Basilique du Sacre Coeur /サクレ・クール大聖堂
パリでいくつかの大聖堂を見たが、ここもまた素晴らしかった。こういった場を訪れる際はいつも厳粛な気持ちになる。何だか数知れない人々の強い念が寄り集まって、ドーム天井にむかって光を求めて高く上ってゆくような光景を思い浮かべてしまう。カトリック教徒にとってはその信仰の大きな象徴となっている場所でもある。静かに歩みをとりながら聖堂内の芸術や信仰に耳をすます。何だかよそものを静粛に通してくれている空気を感じた。
大聖堂を出て、流れにそって奥の広場へ進み行くと忘れもしない、悪徳画家たちの強引な似顔絵押し売り商法に遭うのであった。ガイドブックで後からこの方々の存在を知るのだが・・・この種の方々にはなかなか落胆させられた。購入拒絶してあんなに後味悪かったのは、私の心が狭いせいだろうか?前後で対応は恐ろしく豹変してびっくりだった。皆さんも海外で安易に声をかけてくる人間には要注意である。
Pl. du Tertre / テルトル広場
あからさまな悪徳商法を潔く拒否してなぜか良心がとがめられ、少々落ち込み気味だった私をまた一気にハッピーにしてくれた場所。サクレクール大聖堂からほんの少し坂を上って歩いたところにある。たくさんの画家たちが賑やかに絵画や似顔絵を売っている。もちろん市場価格で。ここにあった一軒のカフェでほっぺが落ちそうなほどおいしいワッフルを食べ、さらに機嫌を取り戻した。写真は広場で陽気にパイプオルゴールのような楽器を演奏に合わせて歌うおじさんと。このおじさんはかなりに愛されるキャラクターを持ち合わせていた。みんな立ち止まって人だかりができて、写真の撮影大会であった。なんてったって愛想がよくて可愛らしいし、なんだか若いころ相当ハンサムだったと思われた。愛され方を心得ていた。私も愛してしまったよ。
Tour Eiffel / エッフェル塔
パリ市内はメトロ、バスを乗り継げば大体の場所に簡単に行き来できる。ここもモンマルトル(上のサクレクール大聖堂があった地域)から簡単にエッフェルのあるアンヴァリッドへ来ることができた。当然ながら、パリだわ〜という感慨が深かった。またまた美味なワッフルを食べながら駅からタワーまで歩く。観光客がまた長蛇の列を作って賑やかだった。シャリンシャリンとこのタワーのミニチュアのお土産をたくさんぶら下げて歩く売り子が印象的だった。買わなかったが。札幌市民だから札幌のテレビ塔を比べてしまいがちだったが、規模がかなり違った。前後に広がる公園も広大で、美しく整備され、地元の人々がくつろいだり、インラインスケートをしたり思い思いに楽しんでいた。まぁなにをとってもまずは芸術的に美しい。風景に見とれすぎてボーっとすること数え切れない。ゆえに、写真の腕を問わずうまく納まってくれる。モデルの力様々なんである。

パート1はパリです。このサイトのタイトルもこのパリでヒントを得ました。どうぞゆっくりごらんください。

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