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                                     19 January, 2008
 
                   強制ダイエット


ダイエット。女性なら一度は経験をするものだと思う。現在実行していなくとも、常にそれをしなければという強迫観念すら持っている方もいらっしゃるのではないだろうか。私はこのダイエットというものをほとんどしたことがない。「ない」と言い切ってしまうと、まるで私がそんな必要がさらさらない人間であるなどと、嬉しい誤解を呼んでしまいそうだが、現実は、「したくない」から「しない」のである。

そもそも「食べたい」という自然の本能を意図的に押し殺そうとするだなんて、なんとまあよからぬ観念で自らを苦しめる行為をするのだろう、と理解に苦しむ。ダイエットという行為は、どう見ても不健康に思われる。確かに、過ぎたるは、と言うように、過食はもちろん同じく不健康に違いないとは思うのだが。しかし、やはり「食べたい」という欲求は、健康であること以外の何ものでもないと思うのである。先日これを改めて実感する出来事に襲われてしまった。

ある朝のこと、それはもう猛烈な吐き気に襲われて目が覚めた。その前日、実は新年会があったため、確かにお酒を飲んではいたのだが、ここまでの吐き気を覚えるほど・・・例えばワインのボトルをいくつか空けてしまったなど・・・といったほどの飲みでもなかったので、一体自分の身に何が起こったのかまったく把握できないほどであった。いやもう考える暇もないほど、私はそのままトイレから離れられない状態に陥ってしまったのである。

それからその日はまったく起き上がれなくなってしまった。動けばただまたあの猛烈な吐き気に襲われる。何だかお腹がゴロゴロとしているなどといった単なる不調ではないような、推し量れないような落ち着かなさが続く。一体何なのだろう、何かに当たってしまったのだろうか。自らの食事ダイアリーをたどってみるが、思い当たるほどの生ものは浮かばなかった。大体、今までアジアを旅行したときすら食あたりなんてものを一度も経験したことがないほど胃腸の強さには自信があった私である。こんなことが起こってしまったこと自体がショックで、床に伏しながら深く落ち込んでいた。すべきこともあったのに、予定も大きく狂い更に焦燥していて寝られやしない。結局その日は当然ながら何も口にすることはできず、飲み物すら飲んでもすぐに吐き気を覚えるので、怖くて飲めなかった。

その後、家族にとくと症状について詳細に語った結果、その原因はついに明確になった。なんと、私はどこかでノロウィルスをもらってしまったようである。結局その次の日から、水、飲料、更に粥、というように徐々に食欲を取り戻していったのだが、お腹の不調はしばらく続いた。その数日のお陰ですっかり私の胃は収縮したようで、正月の暴飲暴食はどこへやら、その帳尻を合わせるかのように、ここに来てなにも摂取できない状態に陥った。その後、会う人何人かに「痩せた?」という反応を受けたのだが、実際自分でもこの出来事によってそれを実感するまでであった。こんなことはそうそう自分の身に起こったことはない。どんなに落ち込んでいても、食欲だけは落ちないのが私のいいところなのである。なのにこのときばかりは、食べたいものがまったく浮かばなく、食べたいという欲求すらどこかへいってしまうほどすっかり病に侵されてしまっていた。と言っても、症状自体はさほど大きくはなかったのだが。

その時私は痛感したのである。食べられるということは何よりも幸せなことであると。栄養も取らずに細くなったとしても、そんな自分は何だか自分らしくはない。食べたいものを食べられることこそ、健康に違いない。なので、やっぱり私はダイエットなんてすまいと、今日も自己肯定するのである。